14.自己主張しない防御機構

[ Ⅰ ] 胸腺: 生命に必須の臓器

(一) 理解不足による加害の歴史

 現在、胸腺がどれほど重要な臓器であるかを知らない生物学者や医者はいない。しかし、驚くべき事には、そんなに遠くない昔(恐らくは一九七〇年頃まで)、胸腺はどんな役割も果たしていない痕跡器官であると考えられていた。

一九五〇年代、一流病院の西洋医学の医師たちは、子供たちの胸腺にX線を照射して損傷・破壊していた。幼児期は活発に免疫系が発達する時期で、リンパ球に抗原を認識させる際に胸腺が重要な働きをしているので、子供の胸腺はもともと肥大している。ところが、当時は胸腺の機能が理解されていなかったために、幼児期における肥大を何らかの病気の兆候であると誤って判断し、治療するつもりでX線を照射していたのである。

hazah_14_1.jpg 同様の出来事は、虫垂においても扁桃においても起こっており、開腹手術のついでに虫垂を、又何も無くても扁桃を切除することは、少なくとも一九七〇年頃までは日常茶飯に行われていた。(筆者の「ダーウィン・メガネをはずしてみたら」・いのちのことば社、参照) 

(二)胸腺って何? どこにあるの?

 図で分かるように、胸腺は胸骨の後ろ心臓の前に位置し、心臓に乗るような感じで胸腔に存在している。胸腺は誕生後、徐々に大きくなり思春期で最も大きく、三〇~四〇グラムの大きさになる。その後、大人になるにつれ急速に萎縮して脂肪組織に置き換わり、この退縮は三十歳までにほぼ完了する。このように胸腺は発達が早く、老化も早い器官と考えられる。

[ Ⅱ ] 胸腺:細胞免疫の主役

(一) T細胞の教育係・胸腺

hazah_14_2.jpg 胸腺は免疫系に必須の器官であり、マウスで出生直後に胸腺摘出を行うと免疫不全に陥る。
 図のA系統のマウスに同じA系統の皮膚片を移植すると、無事に生着する。所が、異なったB系統の皮膚片をA系統のマウスに移植すると、免疫拒絶が起こり、皮膚片は脱落してしまう。
 右端の実験では、A系統のマウスの胸腺を生後二日目に摘出し、それが大人になってからB系統の皮膚片を移植すると、免疫拒絶反応が起こらず皮膚片は無事に生着する。このことから、胸腺が細胞免疫の主役であり、また幼児期に胸腺が発育して将来の免疫系を作り上げることが分かるだろう。

二十一世紀を迎えようとした頃、生物系の教科書には何の断りもなく堂々と「T細胞」という言葉が使われていたような気がする。生物学の発展の速さには驚かされるが、T細胞の「T」は英語の胸腺(Thymus)の頭文字のTであり、かつて痕跡器官などと貶めていたことなどどこ吹く風、胸腺で成熟した細胞という意味で頭文字を拝借したのである。

 細胞免疫の主役はT細胞で、胸腺で分化・成熟するので、胸腺はTリンパ球の教育機関とみなされている。胸腺の原基は上皮細胞のみから構成されているが、血流を介してリンパ球の前駆細胞が割り込んで入り、上皮細胞を押しのける形で急激に増殖する。

(二) 胸腺で教育されたT細胞群の特殊な機能

hazah_14_3.jpgT細胞は末梢血中のリンパ球の七〇〜八〇%を占め、主として感染細胞を破壊する細胞性免疫に関わっている。先天的な胸腺不全があると細胞性免疫に欠陥が生じ、感染症に罹りやすくなる。T細胞は細胞表面に特殊なマーカーを持っており、それによって別々の機能を発現する。ヘルパーT細胞と分類されている細胞は、他のT細胞の機能発現を誘導したり、抗原提示細胞(抗原の性質を調べ、情報を抗体産生細胞に与える)と協力してB細胞(骨髄で成熟した細胞で抗体を産生する)の抗体産生を誘導したりする。

その他、細胞傷害性の機能を持ち、ウイルス感染細胞などを破壊するキラーT細胞、活性を制御する働きのある制御性(レギュラトリー)T細胞など、それぞれの細胞が特別な機能を担っている。

(三) 血液幹細胞のリンパ球への分化

hazah_14_4.jpg 胸腺の各部位には以下のように細胞が分布しており、それぞれの役割を果たしている。
①上皮細胞:胸腺は内分泌腺として分類されてはいないが、いくつかのホルモンを分泌する。

②胸腺細胞(リンパ球):成熟した胸腺では外側の皮質部分には、網目の中にリンパ球がぎっしり詰まっている。このリンパ球は免疫応答が出来ない未熟なものがほとんどであり、胸腺内で上述のそれぞれの機能を果たす細胞へと成熟する。


 内側の髄質にはリンパ球成分は少ない。しかし、これらは成熟したリンパ球であり、やがてT細胞として末梢に出ていく。髄質にはリンパ球以外、マクロファージや樹状細胞などの抗原提示機能を持つ細胞や胸腺小体が存在している。

③大食細胞(マクロファージ):白血球の一種で、生体内をアメーバ様の運動をして遊走し、死んだ細胞やその破片、体内に生じた変性物質や侵入した細菌などの異物を捕食して消化し、清掃係の役割を果たす。また抗原提示細胞でもある。胸腺内にも散在し、退化したリンパ球を食べて消化してしまう。

④樹状細胞:抗原提示細胞として機能する免疫細胞の一種で、抗原を取り込むと樹状細胞は活性化され、リンパ節や脾臓などの二次リンパ器官に移動する。リンパ器官では取り込んだ抗原に特異的なT細胞が活性化される。この活性化は非常に効率的であり、T細胞を活性化する働きは、マクロファージよりも樹状細胞の方が優れている。

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(四) 胸腺の血管系

 胸腺において血管は皮質から入り髄質の方へと向かうが、皮質側において細動脈・毛細血管は上皮性細網細胞による細胞突起で囲まれている上、毛細血管は無窓性の内皮と厚い基底膜が備えられているので、特にタンパク質はここを通り抜けられない。これらの構造によってT細胞産出の場である皮質に余計な抗原が侵入するのを防ぐ役割を果たしており、 血液‐胸腺関門(blood-thymusbarrier) と呼ばれる。このように血流による物質の通過を制限する関門として有名なのは血液脳関門(BBB , blood brain barrier)であるが、同様に胸腺もこのような関門によって守られているのである。人類が無知故のこざかしい淺知恵を働かせて不要なものとした臓器を、主の知恵はこのようにも特別な計らいによって護らなければならない重要な臓器となさったことに、ひとしおの感動を覚える。

[ Ⅲ ] 脾臓

 臓は左上腹部にあり、腎臓と同様そら豆の形をした百~二百グラムの柔らかい臓器である。下記のように、多種多様の重要な機能を果たしている。

①免疫機能:図の白脾髄でB細胞、Tリンパ球などを成熟させ、血液で増殖する病原体に対する免疫応答の場となる。

②造血機能:骨髄で造血が始まる前の胎生期には、脾臓で赤血球が造られている。生後はその機能は失われるが、大量出血や骨髄の機能が抑制された状態では再び脾臓で造血が行われることがある。

③血球の破壊:古くなった赤血球を破壊する。またヘモグロビンを破壊し鉄を回収する働きをする。


④血液の貯蔵:血液を貯蔵する。筋肉が大量の酸素を必要とする時に、脾臓から貯蔵血液を駆出して酸素の不足を補充する。

 このように重要な機能を果たしていながら、手術等で脾臓を失っても直ちに死に至ることはない。循環器系の一部で機能の代替を行えるからである。しかしながら、死なないからと言って痕跡器官とすることは出来ない。失うと直ちに死に至る臓器は意外に少ないように造られている大きな祝福を人類は忘れているのかも知れない。数多くの臓器や機能は、それらを失った時に他の臓器が補完的な働きが出来るような緩衝能力を授けられているのである。

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[ Ⅳ ] 主の承認の範囲内の科学の進歩

 第二次世界大戦が終わり、取り敢えず世界に平和が戻ってきた二十世紀後半から、学問も文明も広汎な分野で一斉に花開いた...残念ながら文化面だけが取り残された気がするが。遺伝学は画期的な発展を遂げ、ゲノム解析を始めた人類は生命の全てが分かるだろうという錯覚に囚われた。しかし、完了した途端に、遺伝子について人類は何も知らないという振り出しに逆戻りをした。

 この項で取り上げた免疫学も、ワクチンで天然痘を駆逐したと思った途端に、HIVに攻撃され、鳥インフルエンザの脅威に曝され、二〇一五年一月現在、エボラ出血熱で怯えている。昨年は、人類の傲慢がSTAP細胞騒動を引き起こした。 すべてを創り、統率しておられる全知全能の創造主の声を無視して何かが出来るはずはないのである。

[ Ⅴ ] 結語

人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。(第一コリント人への手紙第一八章二節)

人の心には多くの計画がある。しかし【主】のはかりごとだけが成る。(箴言十九章二十一節)

 


このシリーズは、マルコーシュ・パブリケーションの発行するキリスト教月刊誌「ハーザー」で2014年2月から連載した内容を転載したものです