15.主の創造に無駄はない

[ Ⅰ ] モーチョーか?単なる便秘か?

(一)スイカの種をのみ込むとモーチョーになる?
 昔、原因不明の激しい腹痛を起こし死に至ることもあり恐れられた難病が、今では俗に「モーチョー」と呼ばれるありふれた疾患・虫垂炎である。ところが、腹痛の中には非常に危険な疾患から単なる便秘まで多種多様であり、正確な診断は難しいようである。症状が出にくく診断が困難な乳幼児・老人そして極端に太っている人は、ご用心。

道草・・・「便秘侮るなかれ」、放っておくと大変なことになりかねない。バランスのよい食事、規則正しい生活をすれば、体内代謝の結果生じる老廃物・汗も尿も便も規則正しく体外に排泄され、便秘など起こらないように人は創造されたのである。ご自身の御姿に似せて造って下さった主を信頼しよう。

 虫垂炎が昔、盲腸炎と言われたのは、開腹手術をした時に手遅れの場合、虫垂が化膿や壊死を起こして盲腸に張り付き、盲腸の疾患のように見えたためである。今でも一般には「モーチョー」と呼んでいるようである。ちなみにスイカの種をのみ込んで虫垂炎になることはない。

(二)ガンベタ・フランス首相の悲劇:四十四歳で死亡
 十九世紀末、虫垂炎が理解される前の悲劇の一つである。彼が苦しんだ二十五日間を追跡してみよう。
 十二月七日:右下腹部に激しい痛みがあり、下剤とレモン水を処方された。日毎に容体悪化、高熱・荒い呼吸・吐き気・右下腹部は固くなる。さらに強い下剤、強い酒を飲ませ憔悴。二十日頃に「盲腸周囲炎」と内科適応の疾患と診断。手術せず、水銀を含む下剤やマラリアの特効薬キニーネなどを処方(毒作用のみ)

 十二月三十一日死亡。医師団がついていながら(いたから?)毒を与えられ鎮痛剤さえ処方されず、塗炭の苦しみをなめて死んでいったようである。死後の解剖:虫垂は化膿、穴があいており、お腹の中には大量の膿があった。
 Wikipedia 記載の死因:消化管のガンで死亡。一ヶ月前に銃の暴発で怪我をしたが重症ではなかった。

(三)モーチョー/虫垂炎の歴史
 十九世紀前半から、右腹部の痛みは内科適応の疾患「盲腸周囲炎」として考えられ、その後、虫垂炎であることが判明したが、フランス首相の例で解るように、薬とは言えない強い下剤と麻薬・阿片を処方して、虫垂炎を悪化させていた可能性が高い。十九世紀後半になっても、致死率の高い不治の「盲腸周囲炎」と認識されていた。

 一八八三年、カナダの田舎町の開業医が初めて虫垂切除術に成功したが、一般に認められるまでには長い期間を要した。二十世紀半ばに至ってもなお、腹膜炎を起こしたり、虫垂が破裂したり、死亡例もまれではなかった。
 その後、「早期診断と迅速な手術」の思想が全盛期になり、虫垂は何の役にも立たず「炎症を起こすと苦しめるだけ」だから、別の病気で開腹手術をする場合、ついでに虫垂を切除することが行われるようになった。技術革新により高度の手術と抗生物質によって、虫垂炎による死亡率は低下したが、それでも千人に一人は虫垂炎で死亡しており、安易に考えてはならない病気である。

[ Ⅱ ] 虫垂:どこにあるの? その形は?

hazah_15_1.jpg(一) 虫垂と盲腸は違うもの
 正確には知らなくても、ほとんどの人は虫垂は下腹部にありそうな印象を持っているが、盲腸とどう違うのか知らない人の方が多いだろう。当然である。自分のお腹の中を覗いてみたわけではないし、胃は触ると解るが、虫垂は一大事になるまで声を上げないので、どこにどのようにあるのか外からは解らない。

 体の前面から透視した図に示したように、人の消化管は長い小腸から繋がった大腸が上に向かい、右から左へと横に旅をし、下行し、S字状の結腸を経て直腸、肛門に向かう。小腸から繋がっている大腸の入り口が盲腸で、その先端にミミズのように垂れ下がっているのが虫垂である。円で囲った部分を拡大したのが右側の図である。
 虫垂は、ただだらりと垂れ下がっているのではなく、しっかり支えられ、血管が縦横無尽に走っているが、図で解るように袋小路である。虫垂が理解されなかったのは、行き止まりというのが理解出来なかったためかも知れない。しかし、解ってみると行き止まりであることが重要なのである。これについては、後述する。


道草・・・ちなみに「虫垂」は、ミミズが垂れ下がっているように見えるという名前であるが、英語・appendixは「付加物・付録」という意味である。不要なものと考えた歴史的遺物としての名称である。


(二) 虫垂の有無、長さは進化を証明しない
hazah_15_2.jpg 長い間、虫垂は進化の痕跡器官であるという汚名を着せられていた。それが真っ赤なウソ偽りであることは、各種動物の虫垂の有無やサイズを検討するだけで明々白々である。表に示したように、虫垂を持つ動物はごく僅かで、少数の有袋類と少数の齧歯類(ウサギとラット)少数の霊長類(類人猿とヒト)だけである。ちなみにサルは虫垂を持っていない。哺乳類の盲腸と虫垂を調べると、ウサギは大きな盲腸を持ち、リンパ組織から出来ている長い虫垂を持っている。ウサギと類人猿(テナガザル、チンパンジー、ゴリラ)などの虫垂の長さと体長、体重などと比較すると、これらの動物の虫垂の相対的な大きさには大差は無い。また、人の虫垂は個人差が非常に大きく、長いとも短いとも言えない。

 このように解剖学的に、虫垂は「進化」に伴って退化して痕跡になったものでもなく、逆に「進化」に伴って新たに発生したものでもなく、いわゆる「進化」と虫垂の有無・大きさとの間にはどんな関係も無いことは明白である。このような事実はとうの昔から明らかであったのであり、虫垂が進化の痕跡器官であるという間違った主張が延々と続いたことは不思議としか言いようがない。

(三) 教科書の記述の変遷
虫垂の生理的機能が明らかになり始め、一九七六年には、医学の教科書は虫垂の機能を認め始め、二十年後、機能を積極的に記述するようになった。現在の大学の生物学・医学・生理学の教科書では、痕跡器官という言葉自身を使っていないものもあり、仮に痕跡器官という概念を紹介していても、虫垂が痕跡器官として書かれていることは、二〇〇〇年以後に発行された大学の教科書には見つからなかった。高校の教科書にはこの研究成果が反映されないままになっているようである。

[ Ⅲ ] 虫垂の機能

(一) 医学の進歩と共に・・・虫垂は大切な臓器
hazah_15_3.jpg 虫垂は無用であるどころか、穿孔性腹膜炎という致命的な病気をもたらす厄介な痕跡器官とされていた時代を通り過ぎ、手術が導入されて後、虫垂炎になると直ちに虫垂は切除される時代になった。暫く手術万能時代が続いたが、虫垂が重要な免疫機能を果たしていることが判明し、今では、手術しか治療法がない場合を除き、なるべく「切り取らない」方針に変わっている。

(二) 小腸の門番・虫垂
 口から食道、胃、小腸、そして大腸に行く手前に盲腸と虫垂(丸囲み)があり、大腸を経由し最後に肛門に到達する。この過程で食物などが血流(体内)に取り込まれるのは殆ど小腸からである。すなわち、口から肛門まで腸管は代謝的には「体外」である。食物や飲み物や薬などを始めとして、空中に浮遊するゴミや細菌など様々な異物が口から入ってくる。腸壁は身体防衛の最前線で、病原菌や異物の侵入を監視し対処するリンパ組織という免疫機構が縦横無尽に備えられている。
 小腸の腸管壁に存在するパイエル板と呼ばれる組織の中には莫大な数のマクロファージ(三月号を参照)が存在している。マクロファージは腸管内に侵入してきた異物や病原菌を捕捉して破壊し、撃退する活動を活発に行い、腸管壁から体内に侵入するのを防いでいる。その活動の結果として炎症反応が起こる。
 前述のパイエル板、喉にある扁桃、気管(呼吸の通り道)などの壁にある発達したリンパ節は、粘膜内リンパ組織・MALT と呼ばれており、虫垂もまたリンパ組織の集合体で、MALT の一員である。MALT は呼吸器系や消化器系に外から絶えず侵入してくる異物や病原体を体内に入らないようにくい止める歩哨のような役割を果たしているのである。

(三) 細菌は全部悪いヤツ?
約三百種類・百兆個、総重量は約一キログラムもの細菌が、人の大腸に棲んでいることをご存じだろうか? 未熟児を保育箱に入れ、また大手術後体内細菌を全滅に近い状態にして集中治療室(ICU)に隔離するのは、人間は無菌状態に曝されると非常にひ弱いことを如実に物語っている。
 実は、人と細菌とはバランスを保って共生しており、腸内細菌は人間の各種臓器に匹敵する規模と働きをしており、生命活動に欠かすことのできない存在なのである。そして細菌は用が済むと、順次死んで体外に排泄される。すなわち、大便の約三分の一は細菌の死骸なのである。

(四) 腸内細菌叢(細菌バランス)を維持
hazah_15_4.jpg 人間と細菌が見事な調和を保って共生していくために、隠れて静かに働いているのが虫垂なのである。それを簡単に図に示すと、病原菌の感染が起こると病原菌(濃い色で表現)が繁殖し、大腸内の正常な細菌バランスが崩れ、下痢をして大腸内の細菌が一掃されてしまう(大腸内に正常な細菌が無くなり、黒い病原菌のみ)。その時に、盲腸と虫垂が協働して正常な細菌叢を避難所へ誘導するという絶妙の機能を果たす。避難所である虫垂は行き止まりであるから、下痢という嵐が過ぎ去るまで正常な細菌叢は隔離保護されるのである。
 下痢が鎮静して、大腸内の病原菌もその他菌類も一掃されてしまった後、隔離されていた正常な細菌が大腸内へと誘導されて、順次増殖し回復に向かう。下痢をした体験のある人は、無視されてきた虫垂がこんな見事な働きをして守ってくれたことに驚きを禁じ得ないだろう。

[ Ⅳ ] 結語

 「13.進化が肉体に残した痕跡?」で紹介したように、不信仰と無知故に数々の重要な臓器を不要なもの、進化の痕跡器官と決めつけて人類は胡座をかいてきた。しかし、間違いを正す方向に少しずつ主が科学を導いてきて下さって、虫垂がどのように重要な臓器であるかを理解させて下さったことを感謝し、偉大な主を褒め称える。

それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。(第一コリント人への手紙 十二:二十二)


このシリーズは、マルコーシュ・パブリケーションの発行するキリスト教月刊誌「ハーザー」で2014年2月から連載した内容を転載したものです