四日目に太陽が出来たのに、一日目に光があるのは矛盾していませんか?

 神は仰せられた。「光があれ。」すると光があった。神は光を見て良しとされた。神は光とやみとを区別された。神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕があり、朝があった。第一日。(創世記1章3-5節) 

創造主は第一日に光を創造なさいました。1日目に創造された光は太陽だと解釈している人々もいるようですが、太陽は4日目に創造されていますから、1日目の光は太陽ではなく光そのものです。この光は、「光」の実質であり、光の実態は「波」であり、「粒子」であると物理学的には定義しています。1章5節には、「夕があり、朝があった」と書かれているので、一日目から地球が自転していたことは明らかです。昼と夜があるためには、太陽が存在している必要はありません。光が地球を照らし、そして地球が自転していればよいのです。

私たちは、光というと太陽だという思い込みがあり、実は非常にしばしば、太陽を光源という正しい理解より、太陽自身が光そのものだと思っている人も大勢います。しかし、太陽は電球やローソクのようなものと同じ光源であり、ただ非常に大きな光源であるに過ぎません。