筆者は通常、結論だけを先に述べることを好まない。しかし、一般の人々は「理屈っぽい理論はどうでもいい。結論だけ聞きたい」と要望されることがしばしばである。ここでは、その要望に応えた形で、結論だけを先に記述する。理由を知りたい場合は、「1.感染症」以下を、じっくりと読んでいただきたいと思う。
このウイルスは、インフルエンザウイルスのように風邪のような症状が出るので、呼吸器系の臓器を攻撃すると当初は思われた。これらのウイルスに感染した場合に、時には免疫が暴走したりして病状が悪化することもあるが、それはあくまで付随的な症状である。しかし、この新型コロナウイルスはインフルエンザとは基本的に異なっており、体中の100種にも及ぶ臓器を直接攻撃することが判った。すなわち、呼吸器系を攻撃するのみならず、肝臓、腎臓、血管、心臓、心筋、その他筋肉、脳、粘膜、消化管などなど、非常に数多くの臓器を直接攻撃すると考えられる。
このウイルスは潜伏期間が長く、感染していることに気付きにくく、しかも症状が現れる前、本人が気づく以前に強い感染力を持っているという扱いにくい特徴があり、感染を防ぎにくい一つの要因になっている。無症状や軽症患者が突如として重篤な症状に陥るのは、症状の現れ方、発現時期や重篤度などが臓器によって異なるからである。息苦しさを全く感じなかったので感染していることに気づかなかった患者が、測定してみると血中酸素濃度が危機的状況に陥っていて、急に呼吸できなくなり死に至ったりする。
血管や心臓を直接攻撃して、致命的な血栓症をもたらしたり、重篤な心筋炎になったりする。肺の損傷により、肺線維症になって完治できない重症に陥り日常生活で酸素吸入が必要になったりする。消化管に感染すると、食欲不振になったり下痢が続いたりする。脳の損傷により、絶え間のない頭痛や、認知機能低下をもたらしたり、髄膜炎や記憶喪失に陥ったり、脳卒中や脳炎を誘発したりする。
各種の厳しい後遺症に長期間悩まされる症例が少なくないのも、ウイルスが各種の臓器を直接傷つけるためであり、ウイルス自身は排除されてしまっていても、傷ついた臓器が修復されるには、時には半年もかかってしまうためである。
このような症状は、インフルエンザとは異質の症状であり、又免疫系の暴走と理解するには無理がある症状であったために、このウイルスをなかなか理解出来なかったのである。全身の臓器を直接攻撃することが明らかになって、やっと少し理解出来るようになったようである。
以上の要約について、筋道立てて詳細に理解し、納得したい場合は下記をじっくりと読んで頂きたいと思う。
1.感染症
かつて人類はハンセン病について間違った知識に踊らされて苦しんだ。しかし、感染力の弱い菌による感染症であり、リファンプシンなど有効な抗菌剤により完治することが判明し恐怖から解き放たれた*注。 しかしながら、二十一世紀になった現在でも、世界では年間21万人の新規感染者が報告されているようであるので、決して軽んじて良い感染症ではない。日本では年に1例の発症例が報告されることもたまにあるという程度で、いつしか人々の脳裡から抜け出てしまっているようである。
注:治療薬が見つかったからといって、人類の汚点として抱えてきた社会問題が解決したわけではないので誤解しないように。
肺結核は空気感染が起こるためもあり、また、ひとたび罹ればやせ細って死んでいく「不治の病」として恐れられてきたが、抗菌剤ストレプトマイシンによる治療法が確立し、またBCG接種の普及により、一時、収束したように思われた。しかし、HIV(後天性免疫不全症候群)患者では、免疫機能が働かないので結核感染の危険性が30倍にもなり、HIV患者の4人に1人は結核で死亡している。そのために、結核の恐ろしさが医療関係者の間で改めて認識され始めている。
私たちは、感染症・伝染病などについて「知っている積もり」でおり、普通の風邪は日常茶飯のことであって怖くはないので、特に感染症とも思わないかも知れない。インフルエンザも毎年流行るので感染症と認識しているが、ワクチン注射をしておけば無事にやり過ごすことが出来ると気軽に考えている。大腸菌O-157が流行ったときには大騒ぎをして、病原性を持つ大腸菌が他にも数多く存在すること、そして病原性を持たない大腸菌やその他数多くの細菌類と人類が共存している事実を、一般の人々が気付いた出来事であった。
しかし、時々このようなちょっとした出来事があっても、通常は「命にかかわるような感染症は、用心しておれば避けて通れる」。そして、感染症はインフルエンザと同じく「ワクチンを打てば防げる」という概念が一般的になって来ているように思われる。
こうして、なんとはなく平穏無事であるような錯覚に陥っていた私たちに、今回の「新型コロナウイルス」による感染症は、日本人には寝耳に水の出来事であった。そして、世界中がひっくり返る大騒ぎになった。危機管理の下手な日本人は、2020年2月、横浜港に到着したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」に始まり適切な対応が出来ず、日本中のみならず世界中に知れ渡る仕儀となった。にもかかわらず感染者・死亡者の少ない事実は世界中で不思議がられ、何か優れた対応をしたのか、世界にも類いまれな行儀の良い日本人の行動規範が幸いしているのか、BCG接種が交叉免疫の効力を発揮しているのか、あるいは遺伝的要因があるのか等々、様々な仮説が論じられた。しかし、事態はいつもそう甘くは推移しない。2021年1月、第三波のまっただ中、今度は本当の緊急事態になっているのである。
ダイヤモンド・プリンセス号騒ぎから1年、この新型コロナウイルスの本質が少しずつ明らかになって来た。「SARS-CoV2:異質のウイルス・高い悪性度」に関してのこのシリーズでは、最初にこの新型コロナウイルスによって何が起こっているかを簡単に説明した。第二稿では、このウイルスの物質的特性を説明した。この稿では、病原体としての本性について、2021年1月現在で判ってきたことを紹介する。
2.ウイルスの感染
2-1 ウイルスの増殖:細菌とウイルスの相違点
細菌は宿主である人間に感染すればもとよりのこと、何か物体の上にたまたま放置されていても、条件が許容範囲であれば生き延び、あるいは増殖することも可能である。しかし、ウイルスは生物ではないので、何かの細胞の中に入らないと増殖はもとより感染力を維持することも不可能であり、壊れてしまう。
細胞の膜には各種無数の受容体(レセプター)が存在しており、それぞれの受容体に適合するウイルスがまずその受容体に結合し、そして細胞の中に入る。したがって、そのウイルスに適合する受容体を持っている細胞の中にしか入れない。
2-2 細胞へのウイルスの結合と増殖
この写真は大腸菌にバクテリオファージが無数に結合した電顕写真である。
注:バクテリオファージは細菌に感染するウイルスの総称。コロナウイルスなどとは異なり、頭部と尾部を持っており、尾部で細菌に結合する。
ファージであっても、他のウイルスであっても、このように特異的に適合する受容体を持っている細胞膜にまず付着・結合し、その後特別なメカニズムによって細胞の中に入っていく。
ウイルスの増殖は以下に模式的に示すような過程を経てわれる。
① 細胞表面への結合(吸着) → ② 細胞内への侵入 → ③ 脱殻 → ④ 細胞の装置による部品の合成 → ⑤ 部品の集合 → ⑥ 感染細胞からの放出
① 細胞表面への結合(吸着)
ウイルス感染の最初の段階は対象としている細胞表面に吸着・結合することである。ウイルスが宿主細胞に接触すると、ウイルスの表面にあるタンパク質が宿主細胞の表面に露出している標的分子・受容体(レセプター)に吸着する。したがって、適合する受容体が細胞表面に存在していない場合は、感染が起こらない。
ウイルスと細胞受容体との結合を、図の左側部分に拡大図として示した。ウイルス側のタンパク質と細胞側の受容体が適合した場合にのみ、このようにぴったりと結合して細胞の中へ入る、すなわち感染するのであって、どの細胞にでも結合して感染するわけではない。例えば、気道上皮細胞にある糖タンパク質の末端・シアル酸が受容体となってインフルエンザウイルスは結合するので、呼吸気管に感染するのである。しかし、この受容体がないその他の細胞には結合せず、損傷を与えない。
② 細胞内への侵入
細胞表面に吸着したウイルス粒子は、増殖の場になる細胞内部へ侵入する。侵入のメカニズムはウイルスによって様々であるが、代表的なものとして細胞自身が持っているエンドサイトーシス(形質膜陥入)という吸着したものを包み込んで取り込む機構によって細胞内に取り込まれる。あるいは、吸着したウイルスのエンベロープ(外被)が細胞の細胞膜と融合し細胞質内に送り込まれる。
③ 脱殻
細胞内に侵入したウイルスは、そこで一旦分解されて、内部からウイルス核酸が遊離する。この過程を脱殻と呼ぶ。脱殻が起こってから粒子が再構成されるまでの時間内には、感染性のある完全なウイルス粒子はどこにも存在しないことになる。
④ 部品の合成
脱殻により遊離したウイルス核酸は、次代のウイルス(娘ウイルス)の作成のために大量に複製される。またウイルス独自のタンパク質も大量に合成される。すなわちウイルスの複製は、その部品となる核酸とタンパク質を別々に大量生産し、その後で組み立てるという方式で行われる。
これらの合成に関しての詳細は省略するが、材料はウイルスが持ち込み、またウイルス独自の酵素が使われることもあるが、合成工場は宿主細胞の持つリボソームなどのタンパク質合成系を利用して行われる。
⑤ 部品の集合とウイルス粒子の放出
別々に大量生産されたウイルス核酸とタンパク質は細胞内で集合してウイルス粒子となり、細胞から出芽したり、あるいは感染細胞が死ぬことによって放出されたりする。このときエンベロープを持つウイルスの一部は、出芽する際に被っていた宿主の細胞膜の一部をエンベロープとして獲得する。
3.新型コロナウイルス
3-1 多岐多様な厳しい症状
先に書いたように、この新型コロナウイルスによる感染症は、以前中国広東省で発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)と類似の感染症であるとしてSARS-CoV2と命名された。このSARSは2002年11月から8ヶ月ほど流行し、800人近い犠牲者が出たが、現在は一応鎮静状態である。このSARSについては詳細に研究されていないので余りよく解っていないが、新型コロナウイルスは悪性度等、先に流行したSARSとはかなり異なっている。時間が経つに従って多岐多様な厳しい症状が襲ってきて、理解出来なくなってしまった。当初は、免疫反応の暴走であろうと考えていたのだが、それでは説明のつかない状況になった。
① 厳しい後遺症
軽症あるいは無症状の場合であっても、多くの人に厳しい、様々な後遺症が襲ってきた。呼吸器症状(呼吸困難)のみならず、呼吸器とは関係のない臓器に関連する症状まで含めて様々な症状が現れてきた。咳、痰、咽頭痛を含め、関節痛、頭痛、胸痛、心筋炎、嗅覚・味覚異常、目の充血、食欲不振、めまい、筋肉痛、継続した下痢、激しい疲労感など、ありとあらゆる症状が出るのかと思われる程である。
後遺症は同じ患者で2つ、3つと複数発症することが多く、又PCR検査で陰性になり退院してから、延々と長引いて苦しむことも少なくないようである。
② 全身の臓器に様々な症状が発現する
このコロナウイルスに感染した証拠として、「37.5℃以上4日間持続する」と、当初「合い言葉」のよう決めつけてしまったように、割に頻度高く発熱症状が出る。が、実は100%ではない。鼻づまり、喉の痛み、咳、呼吸困難は呼吸器疾患の一般的な症状である。
人体図に模式的に示したように、呼吸器のみならず、循環系、神経系、消化器系など、個人差はあるが、患者ごとにより弱い臓器を目指して攻撃するのだろう。これらの症状は免疫系の暴走によるものではなく、このウイルスはインフルエンザウイルスとは基本的に異なっており、これら臓器を直接攻撃することにより各組織細胞が傷つけられることが判明してきた。
3-2 様々な組織を直接攻撃するメカニズム
何故、どのようにして、この新型コロナウイルスは、100以上にも及ぶ組織細胞を直接攻撃し、破壊することが出来るのだろう? インフルエンザウイルスとはどのように異なっているのだろう?
*インフルエンザウイルスの受容体:シアル酸
図はA型インフルエンザウイルスの構造を示したものであるが、表面にヘマグルチニン (HA) と名付けられている抗原性糖タンパク質が存在している。このHAは、気管支の細胞の表面にある糖タンパク質分子の末端に存在するシアル酸に吸着して感染する。すなわち、シアル酸がインフルエンザウイルスのレセプター(受容体)の役割を果たすのである。よって、インフルエンザウイルスは呼吸器の細胞にのみ入ることが出来て、他の組織の細胞には入ることが出来ない仕組みになっている。
*新型コロナウイルスの受容体:アンジオテンシン変換酵素Ⅱ(ACE2)
アンジオテンシンはポリペプチドの1種で、血圧上昇(昇圧)作用を持つ生理活性物質である。アンジオテンシンの生理活性など、複雑なメカニズムはここでは直接関係しないので触れないことにする。問題は、このACE2がほとんど全ての組織細胞に普遍的に存在していることである。すなわち、新型コロナウイルスはインフルエンザウイルスとは異なり、数多くの組織細胞に結合して、中へ侵入するということである。特に血管、消化管、呼吸器、排泄系、生殖系の組織の細胞で、その分布が高いことが確認された。
したがって、この新型コロナウイルスSARS-CoV-2は、体中の様々な組織の細胞と吸着し、細胞に入り込み、増殖し、機能を撹乱するものと思われる。様々な症状が発現するのは、ウイルス感染による二次的な、あるいは付随的な症状ではなく、実は直接にそれら細胞、組織に傷害を与えたために生じていることが判明したのである。ウイルスが体内に入ったときに、どの組織に感染するか、どの組織がより早く、あるいはより激しく傷害を受けるかは、宿主である患者の様々な身体状況により変わってくるだろうことは容易に理解出来るだろう。
ちなみに2002年に中国広東省から拡がった重症急性呼吸器症候群(SARS)の病原体であるSARSコロナウイルスもACE-2を受容体としているので、新型コロナウイルスと同様に全身の組織細胞に感染して、傷害の強さは不明ではあるが、直接傷害を与えたものと考えられる。
3-3 何故急変するのか、何故悪性度が高いのか、何故厳しい後遺症をもたらすのか?
以上の説明で、このウイルスがインフルエンザとは根本的に異なったウイルスであることが理解出来ただろうと思う。それぞれの組織に対して、質的にも時間的にも全く異なって、多種多様に傷害を与えるために、その傷害が増幅されたり、遅れて発現したりと理解しがたい症状が現れるのである。感染して、傷害を与えた後で、ウイルスがなくなってしまっていても、傷害を受けた組織の修復はそれぞれ程度も、時間的にもまちまちであって、後遺症として発現するのである。
悪性度の強弱に関しては、ウイルスの持っている特性であるから、目下は全く不明である。
2021年1月20日現在、世界中での累計感染者数は1億人に達しようとしており、死者は205万人を突破し、一日に一万三千人が死んでいっていると、身の毛もよだつデーターをWHOが発表している。日本のデーターと共に表に示す。
100年前(1918-1920年)のスペインインフルエンザでは、さらに惨憺たる被害を及ぼした。確定症例数は推計5億人、死者数は推計1700-5000万人と報告されている(Wikipediaより)。戦時下であったことと、100年前の医学のレベルは今とは比べることは出来ないほど低かったので、感染症自体を直接比較することは出来ない。
4.感染予防策、三密の問題、マスク、手洗い、消毒。そして、ワクチン
これらについては、改めて稿を起こすことにして、ここでひとまずこの稿を閉じることにする。
私たちを愛しておられる全知全能の神は、私たちの苦しみをすべてご存じである。祈り求めるなら脱出の道を備えると約束しておられる。祈り求めるならば、私たちに知恵を与えられるのである。神の知恵にしたがって、与えられた脱出の道を辿っていこうではありませんか。
試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。(ヤコブ書 1章12節)
あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。(Ⅰコリント書 10章13節)