12.進化思想により混迷の科学へ突入

[ Ⅰ ] 序論

 「進化論」の土台・支えが無いので空中遊泳している状態、あるいは真っ逆さまに墜落してボロボロであることを、十一月号で確認した。十二月号では進化論の証拠とされている「始祖鳥」や「ウマの進化図」を取り上げて間違いを詳細に指摘した。
 この号では、頭脳明晰で優秀な科学者の陥った重大な過ちを見つめてみたいと思う。

[ Ⅱ ] ヘッケルの反復説

( 一) 優秀な学者エルンスト・ヘッケル

 ヘッケルはドイツの医者・生物学者、そしてまた哲学者でもあり、後に比較解剖学の教授となった。現在、病院に「臨床心理科」という診療科がやっと出来て活躍を始めているが、その先駆けになるかも知れない考えに一歩踏み出した人である。すなわち人間学の一分野である「心理学」を、自然科学である「生理学」の一分野として理解したのである。
 二十世紀半ばから自然科学が爆発的に発展する一方で人間学が遅れ、正しい哲学がhazah_12_1.jpg忘れられて自然科学というよりは技術に傾いた。医療の分野でも、本来人間を診るべき医者が、人間という動物の部品を修理するという恐ろしい視点で行われるようになった。ヘッケルの時代に、心理学を生理学の一分野であると見なしたのは、どのような哲学的思索があったのかは不明であるが、少なくとも一つの新しい視点を示した最初期の一人であり、非常に優秀で多方面で活躍した人物である。 晩年、生物学者としてだけでなく、自然哲学者としても発言し『宇宙の謎』などの著作を発表している。

 彼はまた、ドイツでチャールズ・ダーウィンの進化論を広めるのに貢献した人であり、彼のこの分野の「業績」が今以て進化論者に大きな影響を与えている。反復説のところで詳細に記述するが、今に至っても彼の提唱した反復説が一部の人々、分けても一部の医者に信じられているのは不思議というしかなく、日本のマスコミにこれらの医者たちが大いに利用されているのは滑稽でもあり、残念でもある。進化を信じるか信じないかは関係なく、反復説は生物学的に誤りだからである。

 彼の著作の一つ『生物の驚異的な形』に発表された様々な美しい生物画は今日も高く評価されている。右図に示した一つだけを見ても、豊かな才能を与えられた、多彩な彼の活躍ぶりを如実に語っている。

(二)反復説

〈反復説を提唱した図と捏造批判〉
 一八七四年、ヘッケルは発生学の教科書に、下図に示したように「見事な創作図」を示して独自の説「個体発生は系統発生、すなわち進化の過程を繰り返す」という反復説を発表した。ヘッケルがこの教科書に示した動物は、魚、サラマンダー(イモリ/ 山椒魚)、カメ、ニワトリ、ブタ、ウシ、ウサギ、そしてヒトである。哺乳動物は受精後の発生過程に於いて最終段階近くまで、見かけ上互いに区別しにくいことから、これらはすべて共通の進化史を持つことの裏付けであるとして提案したのである。図の上段にこれら八種の動物の胚がサカナに見えるように並べて描いて、これら動物が発生の過程に於いてサカナの段階を経由することを示していると主張した。

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 ヘッケルがこの教科書を発刊して、しばらくすると掲載された図解はヘッケルが意図的に改ざんを行ったという訴えが出された。上段の右図に示すように、実際の胚のうち、それぞれの動物の特徴を示す部分を削り取って、すべてをサカナに見えるように改ざんして描いたというのである。

hazah_12_4.jpg 右図に示したように、サカナ、カエル、カメ、ニワトリ、ヒトのそれぞれの胚は全部同じサカナのような姿をしていると偽って示したが、実際の胚は、中段に示したような姿だというのである。これは、ヒトを除いては、簡単に証明できることであり議論の余地はない。実験科学という学問は、もちろん専門領域により捏造を見抜くための証明方法の難易度に差はあるが、それでもデーターが指し示すという学問であり、本来捏造しにくい学問領域なのである。二〇一四年に世界中、特に日本が大騒ぎしたSTAP 細胞のことを思い起こすとよく分かるだろう。反復説の捏造よりは証明しにくい分野ではあるが、遠からず真相は明らかになるであろう。捏造を証明しにくい考古学の場合とは異なるのである。

〈反復説の間違いの生物学的証明〉
 上述したように、ヘッケルが反復説を提唱した十九世紀後半であっても、直ちに反論が出たように容易に証明できたことであった。胚の内部構造を詳細に検討しなくても、その偽りは余りにも明らかであったはずである。

 さて、科学が著しく花開き、細胞の内部、時には分子のレベルまで学ぶことが出来るようになった二十世紀後半、発生学に関してもヘッケルの時代には分からなかったことまで詳細に判明することになった。ヒトの発生の概要を図示して示す。受精後、細胞分裂が始まり、ある一定の時期まで二分割、四分割というように均等に細胞分裂が起こり、細胞数が十六~三十二個くらいの桑の実に見える桑実胚の時期を通る。それからすぐに、不均質な細胞分裂、すなわち分化が始まり胞胚になり、図に示すように胚盤胞となり、嚢胚と呼ばれる段階に達する。受精後四週ではすでに将来分化する臓器が判別できるようになっており、八週では腕・脚・眼・耳などが明確に判別できる。

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 嚢胚の時期に何が起こっているのかをさらに詳細に観察してみよう。胚盤胞の時期以降に、胚は多能性を失って、その後定められた発生の道筋を辿るのである。すなわち、各細胞はそれぞれ必要な分化をして、内胚葉からは、肺胞・胸腺・膵臓細胞へと、すなわちそれぞれが異なった細胞に発達して、それ以外の細胞にはならない。同様に、中胚葉からは、心筋・骨格筋・平滑筋・尿細管・赤血球が、外胚葉からは表皮・脳神経・色素細胞へと発生の過程を辿り、それ以外の細胞になる可能性はない。すなわちすでに多能性を失ってしまっているのであり、発生の非常に初期の段階に於いて、サカナとは無縁の細胞分化が起こっていることの証拠である。

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hazah_12_7.jpg このことはヒトの発生に限ったことではなく、哺乳類の発生は、受精後早期に着床、分化を開始するのであり、サカナの段階を辿ることは決してない。ネズミの十日目の胚を見ると、しっかりと分化が進んでいることがはっきりと観察される。

 ロバート・フックが顕微鏡で細胞を発見して「小さな小部屋、セル、細胞」と名付けたのは十七世紀の半ばのことである。彼はコルクの中身のない細胞壁を見たに過ぎないが、それでも細胞学の進歩に大きな一歩を踏み出すために充分な業績だった。
 フックはさらに、顕微鏡下でノミやシラミなど様々なものを観察しスケッチ図を描いた。顕微鏡図譜に載せられているスケッチは実に詳細に描かれていて感嘆する。シラミの脚の部分を拡大してみると、足や体一面に生えている毛まで詳細に描かれているのが見えるだろう。生物学はすでに大きな進歩を遂げており、ヘッケルがこのような捏造をしたのは、当時の生物学のレベルが低かったからの過ちだったというには、余りにも粗末すぎる一幕である。

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(三)人種差別主義者

 現在でも理解出来るほど優秀な学者であったエルンスト・ヘッケルが、何故このような初歩的な間違いをしでかしたのか? 捏造を指摘された後で、捏造を否定したとか、最後には白状したとか、諸説あるようだが、当人がどう言ったとしても、捏造であった事実は余りにも明らかであって、隠しようもない。

 バチカン教皇庁の大学院教授二人が、ヘッケルは人種差別主義者であったことは疑いえないとして、次のヘッケルの言葉をその評価の根拠としている。

 「聾者や唖者、知恵おくれ、不治の遺伝病者などの障害者たちを成人になるまで生かしておいても、そこから人類はいかなる恩恵を得るだろう?...もしモルヒネの投与により不治の病人たちを言葉に尽くせぬ苦しみから完全に解放することにしたら、どれほどの苦しみ、どれほどの損失が避けられるだろう?」

 ヘッケルの「種の優生学的保存」などの社会ダーウィニズム的な主張は、のちに優生学として継承され、さらにそうした優生学的な考えは、ナチスによるホロコーストを支える理論的な根拠としても扱われた。また、エコロジーとナチスのファシズムの二つの思想の潮流を辿ると、いずれもヘッケルを介するという点で共通項をあげることができると考えられている。

[結語]
 歴史に「もし...だったなら」はないが、しかし、ヘッケルにしてもダーウインにしても、「もし、正しい世界観を持っていたならば...」と、惜しい気がする。危険思想の持ち主として非難に曝されたり、反社会的「優生学」の源流にあると見なされたりしている、つくづく残念な、かわいそうな人生を送った人だなぁと思わせられる。捏造までして一体何を成し遂げたかったのか? 一番心痛む体験をしたのは、当人であっただろうことは推測できるが、人類史に与えた損害の大きさは計り知れない。


このシリーズは、マルコーシュ・パブリケーションの発行するキリスト教月刊誌「ハーザー」で2014年2月から連載した内容を転載したものです